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シンクロニシティ

この世の中に起こる出来事に偶然はない
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1.偶然の重なりは、あなたへの大切なメッセージ
2.シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は、内からの発信
3.どうしてもあなたに伝えたい時は、ベルを3度鳴らす
4.「ピザ」と言えば、必ずあなたに「ピザ」は届けられる  

5.あなたの「涙」は地に流れ、あなたの「思い」は天まで届く  
6.外の世界と内の世界は、見えない糸で結ばれている  

偶然の重なりは、あなたへの大切な「メッセージ」 

 あなたの身の周りに起こる出来事で「あれ?どうしてこんな事が起こるのだろうか?」と疑問に思ったことはないでしょうか。

 例えば「昔の友達から十何年ぶりに電話があった」と思った次の日に、また「違う友達に十何年ぶりに街でバッタリ会った」といった具合に、偶然とは思えないような出来事を体験した人は多いと思います。

 また、普段病気とは全く無縁で健康な人が短期間の間に「胃潰瘍とギックリ腰にやられた」とか、会社に勤めて何十年もの間、一度も遅刻をしたことのない人が「2日連続で寝坊して遅刻した」とか、普段であれば絶対にしない仕事上のミスを「2度も同じ事を間違えた」といった具合に、あなたの意思とは関係なしに偶然と思えるような出来事が連続して起こることです。

 これはあきらかに偶然ではなく、あなたに対する大切な「メッセージ」であることが多いです。メッセージの中には、望みを叶えたいあなたが「何をしたらよいのか?」を教えてくれる大切な答えやヒントが隠されています。

 それでは何故、このような現象が起きるのでしょうか?

 答えは、あなたの思考がそういった現象を引き起こしていることになります。不思議な出来事が起きる前に、あなたが思い悩んでいた事や何かを望んでいた事と密接に関係しています。特に何かの問題に直面していて、最善の答えを導き出そうと必死に考えている時に顕著に現れます。

 この現象を偶然と捉えるか、それとも必然と捉えるかによって、あなたの人生も大きく変わっていくものと思います。ほんどの人は「へぇー、こんな偶然が重なるなんて珍しいな〜」と、何も考えずに受け流し、時間の経過とともに頭の中から消え去っていくのがほとんどだと思います。

 もし、あなたが何かについて、悩んだり考えたり望んだりしていないのであれば、偶然に起きた出来事に対して意識する必要はありません。あくまでも、偶然に起こった出来事の中から「幸福のメッセージ」を見つけ出すことが目的なので、あなたが何も望んでいないのであれば、何もする必要はないことだと思います。

 通勤途中に車で事故を起こした、というだけならばさほど珍しいことではありません。しかし、翌日も事故を起こしたというのであれば、一生のうちで連続して起こるのは極めて稀なケースです。さらに、「2度とも同じ場所だった」、「2回とも事故の相手は同じ町内の人だった」、「2度ともカラオケに行く途中だった」、という具合に偶然の上にさらに偶然が重なれば、あなたへの強烈なメッセージとなります。

 あなたが住んでいる家の土地に財宝が埋められていたとしたら?
 温泉が湧き出ていたとしたら?

 それらがあることに気がつかなくても、あなたはきっと幸せな生活を送ることができます。しかしそれらがあることに気がついたならば、あなたはもっともっと幸せな人生を送ることができるはずです。

 それが「メッセージ」なのです。


シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は、内からの発信 

 シンクロニシティという言葉を聞いたことがあるでしょうか?
意味はわからなくても、何処かでチラッと見たり聞いたりした人もいるかと思います。シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)の意味は、全く関係のない「心と物」が偶然、共振(シンクロ)することです。簡単に言えばあなたの内の世界と外の世界が一致することをいいます。

 スイスの心理学者ユング氏が提唱し「共時性原理」とも呼ばれています。身近な例を言いますと、「電話をかけようと思っていた相手が、偶然にも自宅を訪れた」、「前から読みたいと思っていた本を、プレゼントされた」、「電車に乗り遅れて、前々から話がしたいと思っていた友人と同じ車両で会った」という具合に、あなたの心の中で思っていたことが偶然にも現実となってしまうことです。

 どんなに偶然と思えるような出来事でも、発信源はあなたが中心になります。また発信源はあなただけに限らず、第三者もそこに介在していますので、これを現代の科学で解明するのは至難の技です。あなたの思考だけではなく、色んな人の思考が複雑に入り乱れて、こういった意味のある偶然が引き起こされます。

 さて、このシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は意識的に引き起こすことは不可能だと言われています。このサイトを訪れている人は、それが可能であることを薄々感じていることと思います。

 例えばあなたの会社に、とても意地悪な同僚がいたとします。そしてあなたは「意地悪な同僚と一緒に仕事するのは嫌だ。あんや奴どっかに行ってしまえばいいのに」と思ったとします。これがあなたの内の世界です。

 そして数日後「その同僚は転勤になった」ということになれば、これが外の世界になります。あなたの思いと外の世界が一致したことになります。意地悪な同僚(マイナス)に対してプラス思考することによってエネルギーが発生し、あなたの内の世界と外の世界が一致するのです。

 もう少し興味深いお話をしましょう。
あなた以外の第三者の思いが、あなたの行動や考え方に影響を与える場合です。この場合は第三者の思いが内の世界になり、あなたの行動が外の世界になります。

 例えば、あなたが自己啓発の本を読んで感動し、本を読んだ後にあなたの行動や考え方に何らかの変化が起きた場合です。あなたの行動が変化した(外の世界)というのは、著者の思い(内の世界)があったからこそです。

 本を読んでから「行動が劇的に変わった」、「新しい習慣を身につけた」というのは、ごく稀なことかもしれません。

 せっかく良い本を読んでも「何も行動を起こさない自分がいる」というケースの場合がほとんどかもしれません。どんなに素晴らしい内容の本であっても、著者の思い(内の世界)がなければ、読者(外の世界)の行動や習慣に変化を与えることはできません。ある本を読んで良い事がたくさん書かれていたので、「明日から一つだけでも実行してみようか」って思ったのならば、それは著者の思いがこめられている良書になります。

 また実際に行動を移すことによって、あなたの人生も良い方向に進んでいきます。それは著者の「幸せになってもらいたい」という思いが込められているからです。読者の「幸せになりたい」という思いと、著者の「幸せになってもらいたい」という思いが一致した時に初めて、あなたの行動(外の世界)に変化が起きるのです。

 しかし実際にはそれらの例はとても稀です。人間はどうしても「自分を第一に考えてしまう」ことが圧倒的に多いからです。発信側が自分の得だけを考えていて、受信側のことを全く考えていない場合、結果は悲惨ものになってしまうことが多いです。

 例えばある主婦が庭で洗濯物を干している時に「家計が苦しいわ。楽に儲けられる仕事なんてないかしら」と思ったとします。すると偶然にも一枚のチラシが風にのって、庭に飛び込んできました。そこには「自宅で誰でも簡単に稼げます。しかも一日わずか数時間で20万以上!」と書いてありました。

 この主婦の「楽して儲けたい!」という思いが、チラシに書いてある「楽して儲けられます」という文字にピントがあってしまいます。しかしチラシを作った業者は、「あなたに楽をして儲けてもらいたい」という思いよりは、「あなたを騙して、自分が楽をして儲けたい」という思いの方が圧倒的に多いです。

 楽して儲けたいと思っていない人は、ポストに投函されているチラシを見ても、怪しいメールが来たとしてもほとんど興味を示すことはありません。それは発信側である相手の思い(楽をして儲けたい)と一致していないからです。

 あなたがチラシを見たり本を読んだりする時は、文字を読むこと以上に相手の思いを感じ取ることがとても重要だと思います。


どうしてもあなたに伝えたい時は、ベルを3度鳴らす 

 シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は、あなたの心が発信源となり、“あなたの内の世界(心)と外の世界(身の周りの出来事)”とが一致した時に完結となります。

 これからお話することは、シンクロニシティについてではなく、あなたの内の世界と外の世界が“一致していない偶然”についてです。

 例えば、
 
いつも健康な人が短期間の間に2度も大きな病気にかかった。
 
立て続けに交通事故を起こした。
 
普段であれば絶対にしない仕事上のミスを2度も間違えた。
 
引っ越した先の両隣も向かいの家も佐藤さんだった。
 
・・・などなど。

 病気になることも、事故を起こすことも、仕事のミスをすることも、両隣と向かいの家が佐藤さんだったということも、全てあなたの思いとは全く無関係に起こっています。

 めったに起こらないような偶然が2度も起これば、それはもはや偶然ではなく“必然的”に起こっていることになります。これはあなたの思いと外の世界が一致していない偶然(シンクロニシティの逆のようなもの)になります。

 つまりは、“あなた以外”の第三者が発信源だということです。その第三者というのはここではあまり重要な意味を持ちませんので、詳しくはお話しません。

 発信されたということは、どういうことかおわかりだと思います。そこには必ず受信する側も存在するということです。

 それがあなたなのです。

 外の世界で偶然が重なり、そしてあなたの内の世界とが一致した時に初めて完結となります。一致したというのは、外の世界での偶然の出来事から「意味を見つけた」ということになります。

 偶然が2度、3度重なるというのは・・・。

 例えば、自宅にいる時に電話が鳴ったとします。呼び出し音が数回なり、それ以後電話はかかってきませんでした。

 友達かもしれない、恋人かもしれない、親かもしれない・・・。1回で電話が切れるということは、あまり重要な話ではないということは想像できると思います。

 友達であれば「これから遊びに行かない?」という用件だったかもしれないし、恋人であれば「明日、デートしない?」といった用件だったかもしれません。

 数分してからもう一度電話が鳴ったとしたら、友達であれ恋人であれその用件はとても大事な話であるかもしれません。また「どうしてもあなたと話がしたい」という、相手の強い思いが込められていることになります。

 それから数分が過ぎて、3度目の電話が鳴ったら?

 あなたに対して、あきらかに何かを伝えたいという“強い思い”がそこにはあります。
良い知らせかもしれない・・・。
今日中に絶対、伝えたい急用かもしれない・・・。
ひょっとしたら借金の催促かもしれない・・・。

 良い知らせであろうが悪い知らせであろうが、あなたは必ず電話をとり「どんな内容のメッセージなのか」を確認しなければならないはずです。

 偶然というベルが3度鳴れば、そこにはどうしてもあなたに伝えたい「大事なメッセージ」があるということです。

 受話器を取った時に初めて、「幸福のメッセージ」はあなたに伝えられるのです。仮に「不幸のメッセージ」だったとしても、あなたが受話器を取ることによって、自分の人生に対して真正面から立ち向かったことになるのです。あなたにその勇気があるのなら、きっと大きな恵みが天から与えられるでしょう。


「ピザ」と言えば、必ずあなたに「ピザ」は届けられる 

 自分の思いとは全く関係のない出来事が、外の世界で重なった場合、どういう具合にそこから意味を見つけ出していけばいいのでしょうか。

 もしあなたが何かを強く望んでいたり、何かの答えを見つけ出そうとしたりしているのであれば、偶然起こった出来事に対して、常に意識することが重要です。

 「こんなに偶然が重なるなんて不思議だな〜」と思ったら、まずはその現象が起こる直前の数日間に
「1.何かの事で悩んでいた」
「2.何かについて考えていた」
「3.何かを強く望んでいた」
のか思いを巡らしてみましょう。

 外の世界で発信された偶然は、あなたの内の世界(思い)と密接に繋がっています。

 例えば「1.何かの事で悩んでいた」という場合、メッセージという形での偶然はほとんど起こりません。「辛い・・・」、「何もする気がしない・・・」、「どうしよう・・・」っていうのは、発信する側から見れば、何とか手助けしたいという気持ちにはなりますが、答えを求められているわけではありません。

 あなたは電話の前で「どうしよう、どうしよう」とウロウロしているようなもなので、残念ながら発信する側には何も伝わりません。

 あなたが受話器を取って「電話番号を入力」した時に初めて、相手(発信する側)と交信することができるのです。

「“何を”すれば改善できるか?」
「“誰に”話せば解決できるか?」
「“何か”他に方法はないか?」
「“何処か”に解決方法はないか?」
といった具体的なものを求めた時に、初めて通話が可能になるのです。

 あなたの身の回りでマイナスの出来事が起きた時に、マイナス思考に浸っていても何も解決策は浮かびませんし、決して誰も手助けはしてくれません。

 例えば会社であなたの同僚が具合を悪くし、仕事が遅れているとします。そんな時にあなたは、同僚が具合を悪くしていることを知らないので、多少気にはかけても「きっと疲れているのだろう」くらいにしか思わないことでしょう。同僚から「具合が悪いので、手伝って欲しい」と言われた時に初めて、あなたは手伝うという行動に出るのだと思います。

 身の回りにマイナスの出来事が起きて、あなたが悲しんだり苦しんだりしていても、現実の世界でさえ、あなたが声を出して具体的に思いを伝えなければ、周りは何も動いてはくれません。目に見えない世界も現実の世界と全く同じで、“何を”、“どうしたいのか”といったことを伝えない限り、発信する側も何をしてあげればよいのかがさっぱりわかりません。

 あなたが受話器の前で「何を食べていいか、わからない」と言っている限り、受話器を取った宅配ピザのお姉さんも「何を届けていいのか、私にもわからない」ということが延々と何時間も続くことになると思います。

 「”ピザ”をお願いします!」

 あなたはたったこれだけの言葉を相手に伝えればいいのです。あなたの身の回りにはピザよりも、もっともっと大切な「幸福のメッセージ」が届くことでしょう。


あなたの「涙」は地に流れ、あなたの「思い」は天まで届く 

 あなたがマイナスの出来事に見舞われた時、その悲しみの感情(マイナス)を喜びという感情(プラス)に変化させると、運(エネルギー)が発生します。運が発生するというのは、あなたの望みを叶えるということと全く同じになります。

 あなたは今、愛する人と別れ、悲しくて悲しくて、涙を流しているかもしれない。

 あなたは今、学校や職場でいじめられ、悔しくて悔しくて、涙を流しているかもしれない。

 あなたは今、借金に追われ昼夜働き、苦しくて苦しくて、涙を流しているかもしれない。

 喜びという感情で運を発生し、劇的に状況を変化させることは、今のあなたにとっては不可能なことかもしれません。あなたがどんなに大粒の涙を流したとしても、発信する側からすれば「ピザ」を届けていいのか、「寿司」を届けていいのか、全くわからないのです。

 どんなに苦しくても悲しくても、「あなたの思い」を伝えることはできるはずです。「仲直りする方法は“何か”ないだろうか」、「「お金を得る方法が他に“何か”ないだろうか」・・・あなたからの問いかけがない限り、メッセージはいつまで経っても返信はされないのです。大地震でがれきの下に閉じ込められ、あなたが声を発すれば、誰かがその声を聞きつけて助けに来てくれるのと同じことなのです。

 具体的に解決策を求めているのが、「2.何かについて考えていた」ということになるのです。この考えるという行為があるからこそ、何らかの形で答えが送られてくるのです。

 マイナスの出来事が起きても、「悩む」のではなく「考える」という習慣を実行するだけでも、あなたの人生は大きく変化していくはずです。マイナスの問題に直面して、あなたが「考える」という行為を選択しただけでも、そこには悲しみや苦しみといった感情が大きく取り除かれていることに気づくことだと思います。

 マイナスに対して、マイナス(悩む)という行為を放棄したならば、あなたの人生は大きくプラスに前進するか、それとも現状維持かの必ずどちらかになります。マイナス(悩む)を放棄したのは、不幸を放棄したことと全く同じです。すなわち、あなたは幸福(プラス)を選択したことにもなるのです。

 「3.何かを強く望んでいた」ということが、あなたの身の回りにどういう環境をもたらすのかは、このサイトをよくご覧になっている人はもう既におわかりでしょう。例えば「お金が欲しい!」と強く望むのは、「お金が足りない!」という強い思いを伝えていることになります。そんな人の周りではどんな偶然が引き起こされるかは、ある程度想像できることでしょう。

 「3.何かを強く望んでいた」場合、自分にとってマイナスと思われる偶然がよく起こるようになります。そんな時には、「2.何かについて考えていた」という習慣を実行することです。「今の状況を改善するには“何”をすればよい?」、「この偶然は“何”を意味しているのか?」といったように、マイナスの出来事の中から意味を見つけ出すことです。

 身の回りで自分の思いとは関係のない偶然が度重なった場合、そこから意味を見つけ出すヒントは「偶然が起こる直前の数日間に何を考えていたのか」です。

 この世の中に起こる出来事に偶然はない。

 あなたの思いはいつも天まで届いているのですから・・・。


外の世界と内の世界は見えない糸で結ばれている 

 さて、実際の例として私の体験談の一つをお話しましょう。

 このサイトを2001年に開設(当初は「心のクリニック」というサイト名)してから数ヶ月が経った頃、ある人からメールを頂きました。その内容はサイトについての感想でした。そして翌日にもまた違う人からメールを頂きました。それからまた数日後にも違う人からメールを頂きました。

 私は「はてな???」と、びっくりしてしまいました。サイトを開設して間もない頃は、一日の訪問者が1人〜5人程度でしたので、誰かからメールが来ることはほとんどありませんでした。開設してから最初の3ヶ月間位はメールが来たという記憶はありません。

 そんな所へ立て続けに3人ものメールが来ましたので、驚いたわけです。当時はその偶然と思われる出来事の中から、残念ながら意味を見つけることはできませんでした。しかし2ヶ月経った頃、その意味をハッキリと理解することができました。もしメールが立て続けに来た時に意味を見つけることができたら、その後の災難は免れていたかもしれません。

 私はメールが来る直前の数日間、ある事を真剣に考えていました。A社の株を買うか、B社の株を買うか、大変悩んでいました。A社は新規上場株でしかも夢のある技術があり、投資意欲を大変そそられました。B社は既に上場されている株で、かなり割安と思われましたのでこちらにも興味がありました。結局は新規上場株のA社を買うことに決めましたが・・・。

 A社を買った後、含み損が100万、200万、300万とどんどん拡大していきました。メールを頂いた3人は、男性もいれば女性もいました。地域、年齢、仕事など共通点らしきものは何もありませんでした。しかしたった一つだけ、共通点があったのです。

 それは3人とも“既” 婚者だったということです。新規上場の株を買うか、“既に”上場されている株を買うか悩んでいた私にとって、これは後から考えればメッセージだったということに気がつきました。メールを頂いた3人目は「“既”に結婚をして○○年になる主婦です」という文章がありました。その時に私は、「そういえば前の二人も既婚者だったな」と思ってはいたものの、別に気にはしなかったのです。

 身の回りで起きた偶然に限らず、普段の生活でも何かを意識することによって、得られるものも全く違ってくることがとても多いです。

 例えば車での通勤途中に、走っている自転車にぶつかりそうになった、急に横から人が飛び出してきた、交差点で対向車にぶつかりそうになったということが続いた場合、その原因を全て相手のせいにすることが多いと思います。原因を相手のせいにしている限り、いつまで経っても偶然の出来事の中から意味を見つけ出すことはできません。

 大きな事故や災難に遭遇する直前には、意外と兆候らしきものが多いです。「そんなに急いだら、いつか大きな事故を起こしますよ」といったメッセージは、普段の生活の中にいっぱい隠されているものです。

 また「どうして今日はこんなに危ない目にあうのだろう?」って考えると、「今日の自分はかなりイライラしているな」と気づくかもしれません。そして「どうしてイライラしているのか?」という原因を探ってみると、「そういえば昨日恋人とケンカをして、自分でも気がつかないうちにイライラしていたのかも」と気づくかもしれません。

 危ない目にあったというのは、「このままだと本当に別れることになるよ、それでもいいのかい?」といった内容のメッセージを必死に伝えようとして、起こった偶然だと言えるかもしれません。

 こんな日常的な出来事にさえ、多くのメッセージが込められていることが多いのです。危ない目にあったことを相手のせいにするというのは、外の世界と内の世界が、見えない糸で結ばれていることに気づいていないからです。


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